2011年7月21日木曜日

アカハラの巣

アカハラの子育て観察は
1日で終わってしまった。
隣人が外壁のクモの巣を取るため
ほうきをブンブン振り回したので
慌てて飛び去ってしまった。
残念!
居なくなった巣を覗いてみる。
でも無事に4羽とも巣立ったので
ヨシとしよう。

大きく育って分かりやすくなって簡単に見つけられるようになるまで
気が付かなかった。
まさかこんな所に巣をかけるなんて.....
いろんなことがそうなのかも知れない。

私も全然まだまだなんだけども、自然を観る力というかセンス。
居ると思って観ると見えたり、居ると意識していると感じたり。
でも居ると思わなかったらからっきしダメだ。
まさかこんな所にいないだろうという先入観。
この場所じゃダメだから「仕方ない」このシカタナイという言葉
物事を易く捉え、様々なイメージができないから
簡単に解決しようとする。仕方をイメージできない。
いわゆる想定外というヤツ。
一元的に短絡的に人間だけの都合良く物事は進まない。

ひょっとしたらそういうことを短絡的に考える人は
いろんなことが自分のおもい通りに進んでいるのから
深く考えなくても良いのだろうか?
私はちっとも自分の思ったとおりコトが進まないので
深く考えなければ成らないとすれば、
私が言っていることなどそういう人々には通用しないよなぁ。

悪いことをしているわけではないが、役に立っていない。
ニッセキに集まったギエンキンはなかなか届かない。
何か変な利権が絡んでいるのか、家電をセットで配るという....
日本よりもっと大変な暮らしをしている方々からの心が.....
少しでも役に立てばと身を削って集めた気持ちが....
何かガッカリだぜ。
大きくなった身体は隅々にまで神経が通っていないのか?
ニーズや必要としているタイミングは刻々と変化するというのに。

イメージができずに簡単に解決しようとする。
送る側もキフというジコマンゾクで納得しようとする。
そう感じることが多すぎる。
少なくとも自力で使われ方が分かる手助けの方が良い。
現場は絵空事のように漠然としている訳ではない。
教科書に載っている過去の事実ではなく、今なのに。
ちょっと先にあるリアルなのに。

なんか全然違う話になっちゃったな。

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