2020年11月30日月曜日

ロープワーク?

日本では「ロープワーク」って言葉が一般的だ。

アリゾナで山岳レスキューの講習を受けたとき「ロープワークって言ってるのは何だ?」と聞かれた。日本では広く使われている「結索技術」とでもいうのか「結び方」のことのようで、どうやらロープワークというのがその意味通り通用するのは日本だけのようだ。


Rope Workっていうと、
そのロープの働きっていうか、
出来きた結びが使われてる状態のことで、
例えば船の帆を揚げる行為とか、
装飾としての結びや、
漁網を編むことを呼ぶ。
手芸の手編みのセーターとかも
ロープワークって呼ぶ。

いわゆるご祝儀袋の水引きに近いもの。

ロープで行う作業やロープを使って
何かを引っ張る行為は
ノットクラフトっていう。

世界で通用する言い方としては「ノットクラフト(結びを作る)」ってのが近いと思うが、これは「タイ(tie)・ドレス(dress)・セット(set)」の3部構成になって完成された事象をノットクラフトって言っている。
日本でいう結索技術って考えると「タイ(tie)」のことだけで、その結ぶ方法っていうか、縛り方だけが強調され、ドレスもセットも関係なくなっている。

だからロープワークっていう言い方が妙で「お前の結びは機能してないだろ?だからワークじゃない」って言われる。

だからロープワークって言ってる人の結びは、一方向からのみの結び方で、見る方向や厳しい姿勢で結ばれた結索は機能していないことが多い。
昔の登山好きな爺とかが、自分の胴にリング荷重のブーリンを片手で結べる事を自慢する人がいたが、それを両手使って目の前で作って見てっていうと、出来なかったりする。
奴らはそのもやい結びを方法でしか覚えていない。「自分の胴なら出来るんだけどなぁ」とか言うけど、一つのやり方でしか結べないと、結び方の手順を1から10まで正確に出来なければ結べないっていうのは、もはやロープワークじゃないよね。もちろんノットクラフトでもない。

特に我々のツリーワークなんてのは、風で揺れる枝の上で重心がグラグラしながら、見る方向も結ぶ側も引かれる方向も考慮しながら多様な結び方で、タイドレスセットできないと機能しない。いろんなトラブルがあるけど、その発端に成るのはノットが多い。
そのことに理解していれば結びに手を抜く人はいないと思うのだが、みんなテキトーだったりする。そして対象を吊り伐り降ろす場合などは、タイドレスセットできていないと、システム全体の障害になる。

そういう最も基本の結びを「俺はロープワークがヘタなんだよねぁ」とか言ったりする。ヘタなんじゃなく、そこに障害が生まれやすいことも知らないから危機感が無い。
第一に練習してないだけでしょ!
無理な体勢とか目を瞑ってとか厳しい状態を作って練習してないだけでしょ!
登らなくても出来る基本をアマく見てるだけでしょ!
いざ樹上で厳しい状況になったら、テキトーにヤルだけでしょ!
ただの怠け者か、仕事を甘く見てるいい加減なヤツ。

私は始めとっても結びがヘタで、何度やっても他の人のように巧くいかず、でもシツコイから、家でゴロゴロしてる時やハナクソほじってる時間を結ぶ練習に充てて、3ヶ月続けてたら、もう忘れないよ。手が覚えるよ。
呪文のように結びの名をブツブツ言いながら、しつこく練習したら覚えれたよ。
覚えられないのは、ソレをしていない人だよ。
以前に一緒に作業していた人がとても素早くシステマチックにロープを結んでいて「凄いね」って言ったら、「地上で出来る練習は地上でやってますから」ってカッコいい!

よくロープの強度とか結びによる強度低下のことが取りざたされるけど、ドレスされてない結びは、それだけでとんでもなく強度低下する。
ブーリンでは約70~80%の強度低下を起すといわれているが、ドレスされてない汚い重なりの交差している結びでは、実際に50%以下の強度になる。
ドレスできていない結びは、もはやその名称を使うに値しないハナクソ結びだ。

そのことに気づかされて以来、数多のロープワークの教則本とかが納得いかず、机の上に置いたロープが、テケテケって動いて平べったく完成される結びを見ると、虫唾が走る。 実際は手に持って結ぶし、結ぶ方法について理があるノットクラフトを完遂させるには、手で持った形で表記しないと意味がないと思い、自分で描いた画で師匠に確認していた。ロープを結ぶ為には手に持って行う。ってことでメソッドを知るには「手」も入れないと判りにくい。その画が好評で実に判りやすいということになり、ドレッシングをテーマにした「機能するノット」本を作った。

ちゃんんとドレッシングされてない結びを見ると、直にチェックを入れる。
だって結んだロープが機能していないなら、それこそロープワークしてないなら、形だけそれらしく見えるウソってことになるでしょ。そのことが許せない。

ロープワーククライニングなんて言ってる人が居るけど、結索登攀とでもいうか?もう意味が判らない、とてもケッサクなクライミングなんだろう。
何か特別感やスペシャルな風にしたいんだろうけど、ダッセー!
アーボリストクライマーなんて言い方する人も居るけど、意味考えたことあるのかな?

大体アーボリストは伐る人のことじゃないからね。
伐ることが前提の人はフォレスターとかティンバーとかランバーだから、ランバークライマーなら判るけど、アーボリストクライマーって言ったら樹冠研究とか野生動物研究とか樹冠調査の為に登る人だから、登って伐る人じゃ無いから。

そんな人にタイドレスセットって言っても伝わらないんだろうな。残念。

2020年11月28日土曜日

SCRAP and BUILD

もちろん一つの技術にこだわり、従来の方法で仕事をこなすのも手ですが、そのうち道具すら対応しなくなってくると思います。
新しい知識と技術を持たぬまま従来の方法を続けていては、そのうち道具自体も対応しなくなると思います。
ただでさえ今までいい加減な方法で、無理矢理仕事をこなしていた人は、気が付くともう道具すら無くなっているかもしれません。
今ではツリーワークショップでハシゴが売っていないのは、もう誰もハシゴの危険を承知しているからでしょう。ロープ高所作業にハシゴが不適切で、ホームセンターで手に入るモノを特殊と呼ばなくなった時代になってから、特殊作業をするためにハシゴを探す同じです。まあハシゴは無くなると思いませんが、私が始めた頃に主流で一般的だったマルチアンカーのごっついハーネスは、今ではもう殆ど売っていません。
それはもうメリットが見当たらないからか、新しい作業姿勢のためにもっと優れたハーネスが登場しているからでしょう。

今はブリッジハーネスが主流ですが、
そのブリッジハーネスだって
2系統の作業方針に準拠するように
ダブルブリッジや
両ターミネーションに複数のブリッジを
取付けられるようになってきています。
新しいプロダクトは始めから
ダブルブリッジになってます。

ロープで作業するのが当たり前な時代に、
作業指針が違う道具を使って
更にトラブルが多く非効率な物を
選択する合理性は無いでしょう。

自分の道具が改変されるのはショックだけど、それに追従しなきゃ未来は無い。
マイナーチェンジでも、どうしてそこが変わったか?を考えた方が良い。

私のMacはシステム7で充分だと思う。私が求める機能拡張はイニットで充分。
へたしたらシステム4のコントロールパネル1枚の2.1変換で良いかも。
しかしもう売ってないし、チップ変わって昔のソフトもフォントも使えないからぶっ壊れたら終わりだから、新しいOSにするしかない。勉強するしかない。
本当は必要無いと思いつつも、現状に合わせて自分もバージョンアップするしかない。
新しいOSについていかないと、古いデータは使えなくなるから仕事に活かせない。
それでも今はまだOS10.9.5で頑張っている。もう売ってない。
フォントも他のソフトも使えなくなる。アドビのソフトは金がかかるし、イラレの機能なんてver.8で充分なんだけど、そうもいってられない。

アップルが独自開発路線になって、今のM1チップになったから、もう今のがぶっ壊れたら手持ちのデータが全然活かせない。
いつか諦めて、スクラップアンドビルドする必要があるんだけど、
なかなか踏み切れないよね〜。
今のマックがぶっ壊れたらデザイナーは廃業かもしれない。
そういうことだよ。

ロープだってハーネスだっておおかた保証は2年です。それほど消耗品です。酷使するからこそPPEは常に新しくなり、そのPPEは新しい考え方に準拠するようになっています。古いPPEを使って、新しいPPEの作業はできませんから、新しい作業方針を学んで作業を組み立てる必要があります。いつまでも従来のヤリ方に固執して、対応しない道具を無理矢理使って、危険を増やすことは無いでしょう。

ツリーワークはまだまだ過渡期です。作業人口が増えると次々にスタイルも生まれます。もう出てこないだろうって思ってても、毎年四半期ごとに新たな作業機器が登場しています。新しい機器に飛びつく為には、新しい考え方を知る必要があります。これまでの使用機器との整合性はあるのか?作業スタイルと整合性はあるのか?
YouTube見て直ぐさま新しい機器に飛びつくだけなら、整合性を精査しないで飛びついいていては、いつまで経ってもトンチンカンチンのままです。

だから今から考えておく必要がある。考えるだけじゃなく行動するべきだと思う。
周りのツリーワーカーたちが次々に新しい作業様式で業界の行動規範に準拠するようになってから慌てて始めても、もう遅いんじゃないかな?

いっときにガッチリ基本から勉強すれば、4年ごとの改変はそう難しくない。でも勉強しないで、出来てるから良いって、変わった部分だけ覚えようとしても追いつかないよ。100覚えてから10の改変は覚えやすいけど、その都度100覚えるのは無駄だし、覚えないで自分の都合でテキトーに使ってたら、根拠無いから効率だってドンドン悪くなって、益々力作業になって、益々疲れて、悪循環。

だから、いっときにガッチリ基本から根拠ある勉強する。
今までの常識っていうか、セオリーを全部捨てて基本から根拠ある勉強する。

スクラップアンドビルドってそういうことだよ。

いつまでもワープロ使ってたら、仕事が遅くて疲れて効率が悪いのと同じだよ。
世間から取り残されるよ。
これまでの知識をぶっ壊せさないと、一辺チャラにして考えないとダメだよ。
なにも全て忘れろって言ってる訳じゃない。
今まで間違ってた所を捨てて、新たに組み込めば良い。
捨てることが出来ない人は、そこまで。ザッツオール。頑張ってください。

2020年11月27日金曜日

当たり前の危険回避

世界的に承認されたセオリーで、当たり前に根拠ある危険回避を行う普通のロープ高所作業をツリーワークと呼んでいる。
私はその特性を揶揄する意味で、特殊な思考回路の人が、根拠なく俺は凄いだろっ!って行う危なっかしい特別な作業を、特殊伐採と呼んでいる。
ヤリ方の根拠が通常考えられない特殊な方法って意味でも使ってる。

バットヒッチングでトッピングカットは
ツリーワークのほんの一部だからね。
どうしても出来ない場合にのみ
ダイナミックに落とすしかない。

でも落下係数2で落とすから、
そのロープはもはや破棄基準だからね。

その落下係数のピーク力を
ロープ操作でエネルギーを相殺して
フォースを減衰させて
確実に止める技術が必要だからね。

他に方法があれば危険回避するのが
ツリーワーカーだからね。
これだってトッピングじゃないよ。

でも「客に特殊伐採と言ったら、聞こえがイイ」っていう人も居る。
特殊って言った方がカネが貰いやすいって。
特殊能力がある人みたいなイメージだけど、
特殊なニンゲンの命がけのアホ作業だからね。
まあ客に聞こえがいいならそれでもイイけど、そういう客にもちゃんと説明できないと、危険回避が当たり前の根拠ある伐採作業だってことを明確に伝えないと。
未来はないよ。
私は言い方だけでも換えたいと、
ツリーワーカーと特殊伐採の違いをしつこく言ってるね。

どっか地方に呼ばれて作業してると、地元の造園とか木こりがどこからか聞きつけて見学させてくれって言われる事が多いけど、やってる作業は淡々と地味なスタティックな伐りや吊りだから、緊張しないように和気藹々と声を掛け合い、なんか拍子抜けっていうか、もっと派手なドッカ〜ンって作業を期待しているようだ。
その作業は実に危なげなく、大きく動かない作業だから、素人が見ていてもこれなら安心して見てられるって、一体どんな特殊で派手なことをすると思っていたんだろう。
F1の観客は少なからず事故を期待しているらしいが、そんな感じか?
ドッスンバッタンって派手なパフォーマンスが無い仕事を見たら、俺は何十年も林業をやってるってヤツが「簡単そうだな」って言ったりするけど、ソリャそうだよ簡単だよ。
誰でも出来るよ。だから特殊伐採じゃないんだよ。

そういう鼻息粗い人には、セオリー通りやればそんな難しくないですよ。って言うようにしてる。危険回避できるならその方が良いでしょ。
その為のプラクティスや研究は惜しまないけどね。
おっしゃる通りですよ。特殊伐採じゃないからね。

誰でも出来る作業だよ。力が無く小さな小デブのジジィでも出来る。
海外ではもっと身軽な女性アーボリストが増えているよ。
女ってだけで聞こえが良いから看板娘でお飾りで監督さんやってる訳じゃないよ。
チームで適切な計画してシステム組んでチェンソー持って必要となればレスキューできるフィメイルアーボリストがいっぱい居るよ。

大きなチェンソー持って力でねじ伏せるような、自然に生き物に敬意を評さない、伐るだけの殺して倒すだけの派手なパフォーマンスする人じゃないよ。
そりゃぁ高さ30mの杉を樹間幅1mの所へ見事に倒す木こりは凄いと思うけど、凄い技術だと思うけど、そういうのじゃない。
以前に、そんなにゆっくり倒したら架かり枝になる。って言われたことがあったけど、架からないように力でねじ伏せるんじゃなく、架からないようにシステムを組むんだよ。力で命をねじ伏せる、息の根を止める人の先にあるロープ高所作業じゃない。
伐倒もあるけど、倒せないから登るだけ。倒すスペースが無かったり障害物があるから、登って、チマチマ伐って軽くして、ゆっくり静かに降ろすのがツリーワーカーだからね。一人じゃ出来ないから、臆病で慎重で根拠をしっかり持った、ツリーワーカーだからね。 特殊伐採じゃないよ。

でもそういう凄腕の木こりがすぐに登りたがるんだよね。
登り方だけ判れば、あとは教えられなくても出来るって、木を伐るのはもう何十年もやってるからお手の物だって。

貴方は地面に立ってるでしょ。片足でフラフラしながら同じことが出来るの?
ガッチリ両足て踏ん張れるでしょ。根張りを見ていろんな方向からチェックできるでしょ。結ばなくて良いでしょ。吊り上げて移動しないでしょ。走って逃げる所あるでしょ。降ろしてから片付けないでしょ玉切りだけでしょ。
それと同じことが、ロープにぶら下がって出来るの?重心を考慮して枝先まで動けるの?伐り口を全方向からチェック出来るの?無理な体勢で結べるの?結びに行けるの?吊れるの?必要に応じてあらぬ方向に動かせるの?エスケープポジション採れるの?

そういうコトです。
木こりや電柱登りが特殊伐採ということは、力技でしょ。
それも道具の安全率に頼るだけのヤリ方でしょ。
自然のセオリーを利用して、無理しないで、静かにゆっくり降ろす、なんてしなくても出来るのが特殊伐採でしょ。

上部にアンカーが採れない場合に、やむを得ずしょうがないからバットヒッチでトッピングするだけです。これが最も危険で派手でYouTubeに良く見るヤツです。
最も危険だから注目を集めてるだけでしょ。
スタティックリギングは絵にならないもん。
これは全作業の1%有るか無いかです。最も危険だから基本的にヤリません。
そのほんの1%以下のタスクが取り上げられ、それが全てと思われがちで、これが出来れば特殊伐採的な言われ方をする。とりあえず道具を買って、しかもPPEの整合性無しに、やってみたら出来るからそれで良いって思ってる人が何と多いことでしょう。
例えば伐り方も結び方も手順も知らずに、ポータラップは落ちないように止めるだけで、エイヤッて落とす。ベクターもフォースもピーク力も無くただ落とす。
そんな特殊伐採が事故が多いの当たり前だ。

そんな事故が多い危険な特殊伐採と違いをつけたいよ。
そのうちに特殊伐採の人がドンドン事故を起こして、まだ死亡事故が無いからイイけど、死んだら世間も注目する。その時にツリーワークとの違いを明確にしておきたい。
今も一般に特殊伐採が危険だって思われているけど、ツリーワークは危険じゃ無いから。 ツリーワークが危険回避を基本に考えてることを広めたいよ。

2020年11月26日木曜日

普通


人の世の中の'普通'なんてたかが知れてる。

基準が変わればすべてが変わる。

今日正しいって言われてることが、
明日ひっくり返っているかもしれない。
コロコロ変わる世の中に従う必要はない。
世界は世の中だけじゃない。
世の中って言う人間だけの世界じゃない。
そんな凄くちっぽけなエリアに
縛られる必要はないと思う。

地球の普通は約38億年ほど変わらない。

私は対人社会より、自然を根拠にするね。
これはアルプス乙女っていうリンゴ。極めて小さい。でも味はいい。みかんは温州。
基準をみかんにすれば、とても小さなリンゴは違和感があるけど、リンゴを基準にすれば凄い大きなみかんってことになる。見方を変えれば全然違って見える。

30代の頃健康診断で中性脂肪値が非常に高く再検査になり、ビビって薬を飲み続けた。
その数値は割りと直ぐ平常値に戻ったが、病院に通って薬を飲み続けた。
大好きなイカやタコ、チーズなんかの乳製品も我慢し続けて、
1年後には前回の数値以内に納め、健康診断に挑んだが、、、
また再検査になった。

再検査基準の数値が変わったことで、再検査になった。

これはどういうことでしょう?
前回の数値表と比べてみると、去年はクリアした数値も今年はアウト。
「数値が良くありませんねぇ、再検査ですねぇ。」って
医者は、人の顔も見ず、打ち出されたプリントを見て言いやがった。

コーセーショウや医者や薬局は売上が落ちたから基準を変えやがった!

役人の給料を捻出するために、数値をタテに庶民を騙して「健康」っていう普通に守らなければいけないとされている基準を一般に押し付けやがった。
これは脅迫じゃないの?って思うようになった。
なんか信じなきゃならないと思われる基準を押し付けられるのはイヤだ。

それから以降、
国や役人の言う基準を遵守しなくなり、
医者の言うことも信じなくなり、
薬を飲まなくなった。
イカタコチーズをばんばん喰って、酒やタバコを再開し、自分という節度を持って生きる不健康指向になった。

同時に薬の成分とか病気っていう意味や症状を調べるようになり、
必要と思われる行動以外ヤツラの言う事を信じなくても、
国や役人や医者の言うこと聞かなくても、身体はハツラツと健康になった。
個人的には何の問題も無い。
そりゃぁ痛い時に助けてもらうコトはイイけど、痛くない腹を探られる必要はない。

普通とか一般的って言われる「正しい」とか「安全」ということに疑問を持ちながら、他方の考えを精査しながら、数字だけを信じずフラットにモノを感じるようになったら、色々見えてくる物がある。

今までどれだけ妄信的に「安心・安全・正しい・優しい」を信じていたか、ソレを扇動するようなデザインの仕事をしていたか?自分を問うようになり、自分がやってるデザインって社会の手先っていうか、誰かの都合で一部の偉い人のために一般を騙してるんじゃないの?ってことに気がついて、自分のやっているコトは世の中の役に立っていない(まあ世の中っていうか社会の一部のためには役立っていたが…)如何わしくて嘘くさくって、そういう広告に反応するようになって、口当たりまろやかなウソを見分けるようになり、そういう広告の手先はイヤだって、アドバタイジングのデザインを辞めた。

元々予測不能な自然に興味があって、地勢や天候や生き物に興味があって、自分が持っているデザインの力を、対人の世の中じゃなく、対自然の仕事にも活かせるんじゃないか?って思いはじめて、結局は人のためなんだけども(人間じゃなくヒトね)自分が信じられる事や考え方を伝えることに重点を置いて、扇動されてる人に気がつかない人に考え直した方がイイよって伝える仕事になってきた。

嘘つきって、自分ではウソがあるって事に気がついてない人が多い。
でも中にはウソを知ってて大衆を扇動する人や企業もある。
そしてそういうウソに気づかないで、誰かの言う成りに動いている人も多い。
表面にウソはなくても、大義ではもっとグローバルな目線ではウソがあったりする。
安心や安全がその代表格で、一側面的には安心・安全でも、全てが安心・安全では無い。なんか安心・安全って言うと、意味もなく信じちゃいたくなる気持ちは判るけど、楽だからそうしたい気持ちは判るけど、その中には誰かの都合の良いように情報を操作して都合の悪いことをグレーにして、ケムに巻いてる事実もある、ってことを理解した方が良い。 そのケムに巻いてる事実をデザインの力で紹介するのは自分にとって意義のあることだと思う。そういう事実を提示して考え直してもらう切っ掛けになって欲しい。

980円だから安い!って思っても、その他の付帯事実に高いカネを払ってる人間は沢山いるでしょ。金額だけ見ると安いって感じても、総体的には結構高額だったりする。その金額が適正でそれを知って享受するなら良いけど、知らないで安いって思うのは幻想だからね。これは便利で安全だって思っても、他に高い物があれば的確に比較した方が良いよ。安くても善きモノもあって、的確に設定された物もある。しかし見た目に一緒でも中身が違って機能や目的を果たさない物や、素材をテキトウにして値を下げてる物もある。同じアルミニウムでも、アルミ箔みたいな混ぜ物が多い物から、適正の強度が保証されているアルミニウム合金もある。もちろんプロダクトとしてR&Dがしっかりしている物には、それなりの開発研究分の対価を支払わなくてはいけない。
見た目に同じでも中華製のグズグズアルミのPPEとか存在するからね。それを見極める必要がある。具体的には難しいんだけど、一般的には価格だね。ペツルで3,000円で売ってる物が、通販で1,000円ってのはもうどう考えてもオカシイよ。
PPEはこれまでどう使われたか判らない中古も手を出さない方が良い。
そして2,500円なら、高々500円なら信頼できる方を選んだ方が良いと思うよ。
その500円が自分の命の価格かも知れないって判断した方が良い。

価格のみで比較すると、その機能を果たさない場合や目的を達成できない場合もある。
何処かで値を下げてるからね。危険回避を値下げしてるかもよ。
手っ取り早く時間や余裕で値を下げて、敢えて危険になってるかもよ。
嘘くさい料金でダンピングで競争させる仕事は、何処かにウソがある。
最終的に機能を果たして目的を達成するための適正価格は、経験や実績では計れないよ。間違ったらないことにして、立派な看板架け替えて、ウソついてるかもしれないよ。
価格だけで比較しても、ヤバい所はドロンしてまた別の姿になってるかもしれない。
立派なそれくさい名称の中華製の道具の多くは、多分もう連絡が取れないよ。
一気に盛り上げて文句が出る前に姿くらましちゃう。
そういう会社もあるからね。中華に限らず日本でもあるな。

デザインって、表面的にカッコいいとかじゃなく、情報を伝える仕事だから。
表面的に立派だったり一流ぽかったり偉そうな実績を掲げる会社は、無いかもしれないけど何処かにウソがあるって考えた方が良いよ。判断基準が価格や看板じゃない方が良い。 情報の中にはウソがあるって伝えるのもデザインの仕事だと思う。
その判断は自分だけどね。

2020年11月25日水曜日

似て非なる物

先日初めて知ったが、特殊伐採って、ツリークライミングやツリーイングの応用らしい。
北海道でもツリーイングの技術を使った特殊伐採屋が居るようだ。
遊びの技術を使って、仕事を遊びがてらやられているのかもしれない。

まあ一般にはそういう伝え方が判りやすいかもしれないが、そうやってナーナーにやってるからいつまで経っても、ツリーワークは一般的じゃ無いんじゃないか?
まあその方がイイけど。
特殊伐採じゃないツリーワークは全く逆の考え方でして、元々高所樹上作業の仕事があり(日本では空師って言われたりしますが、本筋それとは別だと思います)その高所樹上作業の考え方がアーボリカルチャーとして存在し、アーボリカルチャーの中のほんの一部の誰が観ても問題がない危険の少ない木に皆で登って遊ぼうよ!っていうのが、ツリーイングだったりツリークライミングだったりする。

また逆の発想として、最も危険の少ない遊びのツリーイングは、条件を厳しく見積もる必要がある。しかし自然界には全ての安全は存在しないから、万が一の事故も想定内で、当然インストラクターが救助に向う技術も習得する必要がある。
一方高所樹上作業は、目的が樹上での伐採だし、伐採する必要があるという事は、人間や環境に適合しない木が対象となり、どんなに危険な木にでも登る必要がある技術だ。

全然違う。

木に登れる登り方を教わるだけで樹上作業なんて出来ネェよ。
レスキュー前提の遊びのインストラクターが、直ちに樹上作業ができるとも思わないし、
危険な木に登る技術を使って遊ぶのでは、一般アクティビティとして成立しない。
完全に似て非なる物だ。

何か一般にはロープを使って登るんだから、ロッククライミングと使いと思われたりもするけど、これも違う。
ロッククライミングは基本はロープも使わず岩を登るスポーツで、万が一落ちる事も想定しているため、ビヨ〜ンって伸びて命を救ってもらう為のロープだ。いわゆる命綱だ。
ロッククライミングで使うロープはダイナミックロープだから伸び率が20〜30%程度、落下のエネルギーをロープで吸収してくれる。
樹上作業などで使うロープは、種類的にはスタティック系のロープと言って、伸び率が2〜6%の作業索だ。落ちる事を前提としていない。方向としては海保とかが使うロープ。ソリャそうだヘリコプターから下降して要救護者を救出するロープがビヨンビヨン伸びたら作業にならないもんね。

見た目は一緒のロープのように見えるけど、目的が全然違うんで、全然別もの。
例えば、消毒に使うアルコールと、酔っぱらうために飲むアルコールの違いほどある。

ツリーワークっていうか高所樹上作業は、特殊伐採や空師とも全部違うと思う。

特殊伐採という言葉を調べていると最も信憑性の高いのが、
日本のエネルギーインフラとして全国を網羅している電線。その電線を保守するチームが電力系の企業にあり、明治中期から木材で出来ている電柱に登って整備する人が、邪魔な木の枝を切っていた。そしてそういう人たちにも手に負えない対象や、高圧鉄塔にかかる大きな伐採作業を担うセクションが「特殊伐採」だ。
だから「特殊伐採」電力屋の言葉で、林業屋から出てきた言葉じゃない。
やっている行為は木を切る事でも元々電力屋の仕事だった。
そういう電力屋が、我々の仕事は林業じゃない、木こりの仕事じゃないよ。ってことから本人達のプライドなのか?「特殊伐採」と呼ぶようになった経緯がある。
林業屋との違いを見せつけるために、電力屋が作り出した言葉だ。

空師とも違う。空師はもっと昔、史実として残っているだけでも江戸時代から有る。もちろんチェンソーなんてないから、麻ひもを身体に巻き付けハシゴで登って斧で木を伐っていた。これは天然繊維で伸びるから、ダイナミックロープに近いと思う。そして考え方も職人というか命がけの仕事をする事に生き甲斐を感じるスポーツの発想に近いと思う。
そして扱い的にも、木に登る職業は(私はそう思わないが)木に登る事くらいしか出来ないような取り柄の無い人が行う荒行で、士農工商以外の、それ以外の、いわゆる山師っていうか、職業に貴賤は無いと思うし私はそう思っていないが、人に有らずの賎しい職業だったらしい。
詳しくは会って話した事無いし、史実として資料で見るしかないが、どうやら本筋の空師はもう随分前に淘汰されたようだ。
もちろんその頃は、木を材料としてや燃料として使うために、人里近くは尽く伐採され故に現在の自然にみえる森でもとんでもない山の中以外は殆ど二次林らしい。

空師がどんな素晴らしい仕事をしたか判らないが、本筋としては淘汰されているんで、ヨーロッパ発祥のアーボリストの道具だけ取り寄せて「空師」だって言うのもどうかと思う。だったらメットも被らず荒縄でアクロバティックな仕事をすれば良いと思う。少なくともチェンソー使ってないし、空師なら斧でヤレよ。
自分の都合の良い部分だけ根拠無く組み合わせて空師とか言うなよ。
空師に失礼だよ。


葛飾北斎 富嶽百景
遠江山中の不二

この浮世絵のモチーフに
なってるのが空師だと思う。
逆さまで幹を股に挟んで、
荒縄の命綱でぶら下がって
斧を振るってる。

実に男らしい軽業師!

そういう命がけの軽業、命を省みない空師。どうだコノヤロ見たかスゲェだろ的な。
確かに凄い。
こんな事が出来るのは空師しか居ないと思う。
でも、それは作業手法に過ぎないし、特殊伐採かもしれない。

明治時代になり、代々木のただの原っぱっていうか湿地に150年後の将来を見越して、「昔ここに存在した森林を再現する事が出来れば、人の手を介さなくても維持できる森が再現できるだろう」って二次林の森を理想の森として、年月をかけ本来の自然の力で森に成るだろうって植栽された永遠の杜設計図が有る。


「御境内林苑計画」
国立博物館に行くと一部が閲覧できる。

林苑ノ創設ヨリ最後ノ林相ニ
イタルマデノ遷移ノ順序
150年後の変化のロードマップを
予め予想し、手入れし、
理想の林相に年数を経て次第に変移する
ように植栽計画を定める。

空師が淘汰され居なくなって、
賢く手入れが出来ないという事実も有るが、
そういう何世代も先の
自然を想定した森の作業。
これがツリーワークだと思う。
邪魔だから伐ってくれとか、手入れしてないから勝手に伸びてしまったみたいに思ってるけど、ただそこに住む人の都合や、周囲の人からの要望で、人間の都合で、生き物の息の根を止めるのがツリーワークではない。
よく仕事の依頼は、緑地からはみ出して枝が伸びてるから、オレの土地へはみ出してるから、管理する事が管理者の使命だろ!的な依頼が多いけど、風を弱めるとか、陽当たりを抑制するとか、きっとその木からも何かしらの恩恵も受けていたはずだと思う。それを予想して、自然をリスペクトして、自然と互いに良い関係を保ちながら、ここに長く住まう事に妥協点を見つけながら提案できるのがツリーワークの醍醐味だと思う。
邪魔だから伐ってくれって言われても、剪定って方法も有りますよ。ってその事実だけでは計れない何かを伝える事は出来ることもある。たとえそれを受け入れられなくても。
マイナスをプラスにできる。
しかし多くの行政の依頼は、苦情が来たので何とかするって言う入札になる。
これはマイナスがゼロにしかならない。
施工した直ぐその後から、またマイナスに向う。客と話も出来ないんではどうしようもない。そんな時は色んなプラクティスをしながら自分の知識の肥やしにする。

言われたから、時間かけたら儲からないから、手っ取り早く片付ける。どうだこのヤロ!って木を登って、伐るだけのヤツは、そのうちしっぺ返しが来ると思うよ。
クワバラクワバラ。

2020年11月24日火曜日

ヤカラの伐り方

ツリーワーカーは伐採人みたいなイメージだけど、本当はそんな公儀介錯人みたいんじゃなく、オカミに仕えたシモベでもなく、出来る限り木を殺したくない。
出来れば木を活かしていたい。


しかしどうもそんな気が無い人たちが居る。
伐ってナンボって金儲けっていうか、
ただ伐ればイイと思ってる人がいる。

杣人も樵もただ伐ればイイと思っていた
訳ではないと思う。
他の生物に対しリスペクトしてたと思う。

それがどうだ。
高所作業車でやってきたヤカラは
特殊伐採と称して
ただゴンドラに乗ってバンバン伐る。

この伐り口。
樹皮の剥けなんて関係ない。

木が可哀想だ。

自分でもこういう経験はある。失敗して樹皮が剥がれてムケちゃったことがある。
だからそういう失敗をこういう経験を、以後の適切な施工に繫げる。
当然ノッチカットを入れる。場合によってはカフカットも入れる。
小さくても普段からそうしてないといい加減に仕事をしちゃうようになる。
私の始めの頃、高所作業車に乗ったら、偉くなった感じがして、下々の物よ私が施工して進ぜようって思ったったからな。そして作業もいい加減になったりね。そんな感情は浅はかで、直ぐに気がついたけどね。遣り過ぎたら後戻り出来ないしね。生物にリスペクトして、いい案配を見つけて、過剰にならないように手を入れるようになったよ。

この人たちはゴンドラを動かして枝に近づき、伐るだけ。
受けもないまま上からチェンソーを入れる。
当然重力方向に引っ張られて剥ける。
この辺り一帯で50カ所以上こんな施工よ。
一度や二度の失敗ではない。
そこに疑問も後悔もない。
木が可哀想だ。
そういう仕事しかしない特殊伐採の人たちなんだろう。
一帯でナンボっていう仕事の受け方なのかもしれないが、受けと追いを入れる手間は作業が倍になるから、時間をかけては儲からない。
受けと追いで伐るには適切なポジショニングが必要だけどそんな事したら、時間がかかって儲からない。ゴンドラもいい加減な所に動かすして身を乗り出したらトップハンドルチェンソーがとどくから伐る。いちいちゴンドラ動かしてたら時間がかかって儲からない。
でも儲からないのは仕事の仕方が悪いだけでね、儲かる仕事をすればよい。

そういう施工ってドウなんでしょう?
国有林で国民の財産だろうが何だろうが、こういう施工をするんだろうね。
入札で安く落としたから時間をかけられないんだろうね。時間がかかったら儲からないからヤンチャな仕事しちゃうんだろうね。
値段だけで安くやる仕事って、技術とか知識は関係なく、速く終われば良いんだろうね。そういう入札が国民の財産を守る仕事かね?
木が可哀想だ。

杣人も樵もそんな仕事じゃないよね?
ツリーワーカーはこれじゃダメだよ。
特殊伐採はこれで良いのかね?
ただチェンソー振り回したいだけの人と何も変わらないと思うが、街中でチェンソー振り回したらただの犯罪者だけど、森ならOKなのか?そんなはずはない。
チェンソーたくさん持ってても、木こりじゃないからね。
ただチェンソーたくさん持ってるコレクターだからね。
まあ、ただチェンソー振り回したいだけの人が木こりだって言ってる人も居るが、ツリーワーカーはこれじゃダメだよ。
デカい機械を持つと気が大きくなって、要らない所も伐りたくなる。
木が可哀想だ。

私なんか30cmのチェンソー1本だよ。ガソリンだって1日1ℓだよ。だけど研ぎはモノ凄く神経使うよ。だから直ぐ伐れるよ。力要らないよ。それ以上はチームがやるよ。伐倒は私より上手いワーカーが担当すれば良い。それぞれ得意なことをヤレばよい。作業を分担してこそチームだよ。
オレが監督で現場に居たらこんな施工だとモノ凄く怒ると思うよ。
現場監督も居なかったしね。行政の担当者だって居なかったしね。後で施工前・中・後の写真だけで判断するんだろうね。そんなに人が足りないのか?儲からないのか?

リスさんとかクマさんとか、訳の解んない擬人化しないで、生物にリスペクトして、いい案配を見つけて、過剰にならないように手を入れる。
こんな仕事は杣でも樵でもツリーワーカーでもない。
木が可哀想だよ。ただのヤカラだよ。

2020年11月23日月曜日

凄い成功例

並外れた精神力、ハンパ無い体力、昔ブイブイいわしてたからド偉いことをやってのけた、っていう人は、本当にご苦労様です。

私は精神力も体力も無いし、昔できたことなんで関係ないし、ド偉いこともできません。

でも幾ら凄い人でも、必ず失敗すると思ってます。
そして人間は日々劣化するとも思ってます。



失敗から学ぶことで、
新たな考え方をプラスして
劣化を遅らせる努力しようと思ってる。
努力家ではありません。
いい加減でズボラです。

いい加減でズボラだから、
手を抜いて楽にやっつけたいだけです。
ただ、色々「恐い」ことを知ると、
恐いことにはなりたくないんで、
恐くない事を貪欲に考え、
その為の努力は惜しまず、
時間がかかっても頑張るだけです。

手を抜く為の努力は惜しみません。
今判ってる最善を楽に早くやる為に、面倒臭く時間のかかる準備をするだけです。

精神力って、、私はSじゃ無いんで、どっちかって言うとMなんでキライです。
体力って、、、チビの小デブなんで、体力何て有りません。出来ないことは出来ません。
実績なんて、、過去の遺物です。今同じことが出来ると思いません。

精神力/体力/実績に頼って仕事をするのはナンセンスってやつだと思います。
今ある地位やその保身もセンスが無い考えだと思います。
そして俯瞰ではなく客体的に事象を考えることを目指しています。
何時でもカッティングエッジに立っていたいという欲求はあります。
何時エッジから転落しても、あ~あ良かったね、頑張ったから良いねって思いたいです。
え~聞いてないよ~ってジタバタして転落するのはイヤです。

今判ってる最善を楽に早くやる為に、面倒臭く時間のかかる準備をするだけです。

自分ではもうそろそろ作業することがキツく成ってるし、いつかは失敗につながるし、のっぴきならない状態になる前に諦める。ジジィになっても一生懸命だと若い奴らに迷惑をかける。邪魔な存在に成るくらいならスッパリと諦めて、それを紹介することに、育成することに力を注ぎたい。

自分が歩んできた道のりを踏襲して欲しくはないです。ただオレの道のりの横道や無駄足をショートカットして覚えて欲しい。それのマネやコピーでは無い、各々の考えを付加して自分の道のりにプラスにして欲しい。
昔こういうバカが居たよ。って位が丁度良い。
こんなアホなことやって、ダメじゃん!って位が丁度良い。
そういうダメな見本って大事だよ。
ダメだから気をつけようって思う人だけが生き残れば良い。
その他は、知らネェよ。
そういう失敗から自分の道のりを学んで、人類は栄華してきたんだ。そうやってアフリカからパタゴニアまでたどり着いたんだよ。失敗から学べないヤツは淘汰されてきたんだ。 でもオレは、インドネシア辺りでジタバタして何とかティモール海をオーストラリアに渡ろうとしてた人が好きだ。なかなか鈍臭い何百世代もジッと海を見て、帰ってこない仲間の失敗を学んで、遂に渡った人たちが好きだ。夢の約束の地ではなかったけどね。

偉い先生の成功例を聞いたって、自分の仕事には活かせないと思うよ。
成功例は、もう過去の物だから、今には使えないかもしれない。
成功例を、ありがたく伝授されても、それは誰かの真似だからね。
成功例に、頼っても自分には合っていないってことを承知しないとね。
成功例が、足カセに成る可能性を承知してね。